あまりこういうものには答えないほうなんですが。
答えなくていいといってるのにみんな答えたり、しかも批判まで出てきたりするこの流れが、なんかおもしろかったので(すみません)。
それだけ魅力的な質問だったんだろうか。と思ったので流行に乗って答えてみる。
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新作追っかけの是非
ほしいものはほしいし、プレイしたいものはしたい。
新作をやりたい人たちもいるだろう。その人たちの趣味が長く続くかどうかは別として。その人たちと、古いゲームもやりたいと思う人たちとの衝突があるだろうことも別として。
電車の中で、携帯電話の電源を切る人がいるか? そんな人見たことがないんである。非ということになったとしても、関係ない。是も非もないと思っています。
個人的には、つねに両方やるつもりではいる。ただ、新作が多くなりがちだなあ。
現実問題として、新しいゲームのほうが人気あるという感じは強くある。
ゲームは進歩してるとは思うけど、古いゲームに名作がないという意味じゃないわけで。やりたいんだけど、古いゲームは長いから。プレイ時間120分と書いてあるとなかなかやれなかったりもする。
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ネットに攻略情報を書くことの是非
これは当然書かれるという前提がないと困る気がする。「秘密にしよう!」とか「こんなルールでやろう!」とかいう人は、それが何人に伝わるつもりでいってるのかと思う。
不特定多数に意識改革を求める言説はだいたい無意味で。だって実現しないから。まともな意見とそうでない意見との見分けかたの、ひとつの基準はそれだと思っている。
つまり、ボードゲームでいえば、ルールブックに書いてある以外のルールはおおむね意味をもたない。
情報は放っておけば公開される。それが自然な流れで。守れないルールは作るな。
1問目と同じことか。
……放っておいても公開されないとしたら、世界が狭いからだろうけど。それを前提にするのは少なくともわたしの立場じゃないなあ。
そういえばドミニオンレシピも、控えめながら批判めいたことをいわれたことあるのです。
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ネットに否定的な見解を書くことの是非
これも同上。是とか非とかそういう質問はたいてい、守れないルールについての話なので。
もちろん、こうした問い自体には意味があると思いますよ。いろんな人が答えてるんだし。ただわたしに関しては、1、2問目と同じ意味にしかならないです。
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ブログの利用、プレイログを何だと思っているか
自分の話なら、あまりにありきたりだけど、自己表現……ですかねえ。
近ごろ、更新に義務感を感じはじめてたりしないでもないけど(笑)。
あとは、ウェブにたくさんあるそういうものの中から、商売につながる成果物が出てくるといいと思う。
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ボドゲは文化だと思っているか。思っているときの「文化」の定義
いうまでもなく文化です。
たとえば夏目漱石が文化だとしたら、それと同じ意味でマンガは文化でしょう。囲碁、バックギャモン、麻雀、あるいはサッカー、野球などが文化なのであれば、当然ボードゲームも文化。
ただ、日本で「サッカー文化が定着していない」というのと同じ意味で、まだ成熟してないといういいかたはできるかもしれない。
ブラジルの子供が毎日路地でサッカーをして、人よりうまくなることやゴールの本当の意味を会得していくような。そういう過程がきっと必要で。ただ遊んでいるだけのゲームは文化として未成熟という見方はあるかもしれないと思う。
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ボドゲが流行したほうがいいと思っているのか、思っているならどういう未来が理想か、誰が何をすればその未来に近づくのか
流行します。
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日本のメーカは頑張るべきか
がんばるべきかといえば、がんばったほうがいいだろうけど。
でもそれはユーザが考えることでもなくて。メーカーからすれば大きなお世話だろうかなあと。
がんばってほしいかということなら、いま本当にがんばってる人たちは「自分ががんばれ」っていうと思う。
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未プr…もとい、Web上での情報交換のあるべき姿
これも守れないルールの話。「べき」という話になるとね。
なんでもアリでいろいろめちゃくちゃにやっていく中で、いいものが使われればいいと思うし、それはふつうそうなる。
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自分の趣味の本質はなんだと思っているか
本質……ですか……。
センス・オブ・ワンダーとか?(笑) それはボドゲだけの話じゃないけど。
回答してみたものの、あんまりおもしろい回答になってない感があるような。まあいっか。