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火星縦断
 読書

火星縦断
G・A・ランディス 小野田和子訳 ハヤカワ文庫SF

2006.06.30 00:21 てらしま

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 火星に降りたった調査隊の話。ところが、着陸したとたんに帰還船がぶっ壊れてしまったんである。しかたないので、以前の調査隊が残していった船までいこうということになる。しかし、それは6000キロのかなたにあるのだ。
 というわけで、調査隊は旅をはじめる。
 なにより、作者がNASAの現役研究者ということで、細かい技術の話をやるのかと思ったら、そうでもなかった。
 死ぬほど退屈な話だろう、というのはもちろん、覚悟して読んでいたので大丈夫だったが、やたらと登場人物の過去の話をやるのは予想外だった。想定していない退屈さだったのだ。

 火星、というよりは、人間が宇宙にいくというのは大変なんだという話である。
 実はこの主人公たち、最初の「火星人」ではない。3番目の有人調査隊である。
 ところがいままで、まだ火星から生きて帰った人間はいないのである。前の2回の隊は火星に到達したものの全員死亡している。それほど、大変なのだ。
 でも別に、どこかのD級映画みたいに、無根拠に怪物がいるわけではない。そのあたりはさすがの期待どおりに、地球とは違う環境にいくことそのものの難しさが描かれる。そう、火星がなにか特別なわけではなく、ただ地球とは違う環境にいくことそのものが難しいのである。密閉空間で長期間、補給なしの旅をすることもそうだし、金がかかりすぎるために充分なテストができない機械を使わなければならない、一発勝負にならざるをえないこともそうだ。地球の外は全部、エイリアンがいなくたっておそろしく危険なのである。
 宇宙船の配線やパイプが、火星の大気に侵食されたとか。長い宇宙旅行の間に繁殖した水虫菌(!)がどこかにつまったとか。
 確かに起こりうるけど誰も思いつかなかったし、物語としてはあえて思いつく必要もなかったような仔細(と思ってしまうような)な可能性が、致命的な事故として語られる。本気でそこまで考えなきゃならないのが宇宙開発に携わる人なんだろう。本物の研究者ならでは。

 でも、それだけで話を作れるのは本物の小説家の仕事。細かい科学技術の話で小説を書けてしまえるほどの力のある作家というのは、なかなかいないんである。
 でこの小説が選んだのは、人間を書こうとしてみたこと。登場人物一人一人の生い立ちが、やたらと挿入される。というか本筋よりもそっちのほうがずっと多い。
 確かに、人間を書けば小説にはなる。だがまあ、SFとしてのおもしろさがあるかといえばそのへんは怪しくなってくるわけではあるんだが。

 とりあえず、宇宙開発は夢ばっかりじゃなくて、ただ単に難しいんだよと。夢も希望もない小説なんだが、でもじゃあなんでこんな宇宙にいきたいのさということになる。
 こんな話じゃ宇宙にいきたくなくなっちゃうじゃないか。とも思うんだが、不思議なことに、そうでもないのだ。
 そこはやっぱりNASAの人だからだろうか。絶望的な状況に立たされながらも、登場人物たちはどこか楽しそうなのだ。
 いやもちろん、そこは、絶望的な状況をちゃんと描写できていない小説のつたなさのせいもあるんだが。
 いろんな過去を背負ってきてる登場人物たちだが、その全員が、一番の根本の行動原理に、宇宙を抱えているのである。当然のように火星の風景に昂奮し、故郷に帰ってきたみたいなことをいう。
 そう、もちろん当然なのである。確かに厳しいし思ってたより何十倍か時間がかかりそうだが、宇宙にはやっぱりいきたいよね。というのを逆に感じたような本だった。

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