2006.05.22 17:48 てらしま
おー、ついにやった。野村美月がついにやった。これは久しぶりにかなり高評価。読め。
「最高傑作はデビュー作」だとかいってきたけど、やっぱりそれじゃいけないじゃないか。仮にそういうレビューを作家が目にしたとしたら、気分よくないだろうと思うし。
でもこの人はいままで「最高傑作はデビュー作」の人だったんである。『赤城山卓球場に歌声は響く』の、シュールさとスラップスティックが受けたと判断したのか、そういうものばかりを書いてきた。
たぶん放っておいても力のある人だ。そういうものを書いていてもそれなりにおもしろいのだが、やっぱり、デビュー作の下位互換という風に見えてしまう。
それで、描かれる話のスケールがだんだん小さくなっていて、残念だなと感じていたところだったわけだが。
この本は『赤城山〜』以外で一番おもしろかった。デビュー作は特別なので他と比べることには無理が多いけど、でも個人的には、赤城山よりこれのほうが好き。
物語を食べる妖怪美少女の文学少女と、その後輩でかつて「覆面美少女作家」だった少年の、二人しかいない文芸部。この二人が事件を解決する。
なんとミステリーなのである。
後輩にラブレターの代筆を頼まれた主人公だったのだが、その裏に隠れた事件が見え隠れして……。
みたいな話。
と書いてみてもどうしようもないが、まあとにかくミステリーなのだ。
本のページを破ってむしゃむしゃ食べちゃう文学少女はどう考えても妖怪だけど、別にすごい力があるわけではない。
超能力で事件を解決!とかだったら、少なくともわたしは好きになれなかっただろう。ラノベらしい不自然な設定ではあるが、ミステリーの部分はまともなのだ。
こいつがまた、今回のテーマである太宰治について長広舌を吐きまくるのだが、天然ボケで、後輩の主人公にはつっこまれたりする。
クライマックスシーンの「説得」がよかった。たしかになんかズレてるが、こんな文学少女にそんなことをいわれたら絶対に説得されちゃうと思う。ああこいつ、こんなときでもほんとに文学少女だなあと、読んでいてうれしくなる。簡単に感情に流されない、揺るがないキャラクターは安心するのだ。
平気で先輩につっこむ主人公もいい。こういう少年と少女の話では少女のほうに重点がいきがちで、視点キャラクターである少年のキャラクターが薄くなっちゃうものが多い気がするのだが、やっぱり主人公にも個性があったほうがおもしろい。
文芸部の二人が、ちゃんとそれぞれに立場を持って行動している。ちゃんとしたキャラクターが二人いるとおもしろくなるのだなあと思った。
わたしが野村美月を好きなのは、めちゃくちゃでシュールな話を書きながらもどこか品のある文章が好きだからだ。現実味のない世界設定でスラップスティックをやっていても、それが決して、ただの下品なドタバタにはならない。なにかテーマを持っていて、誰かの受け売りを書いてしまわない。
この本の太宰のウンチクも、ただ知識を書き並べただけではない。一つ一つの作品に、ちゃんとキャラクターの意見が添えられている。そういう品のよさがないと、好きになれないのである。
野村美月とウンチクって、なんとも喰いあわせの悪そうな組みあわせに思えるが、実はそうでもなかったのだ。むしろこういうウンチクのほうが、ただ理屈っぽいものよりもずっと説得力があるじゃないか。
問題は、このタイトルと装丁やオビからはそういう話だとわからないところか。ファミ通文庫の、ただでさえ書店の棚に埋もれてしまいがちな背表紙にこのタイトルがあっても「読みたい!」とは思えない気がする。まあ、作者名を先に見る読者がほとんどではあるのだろうけど。
でも、ただのファンである個人サイトのレビューにそういうのは関係ない。わたしはかなりおもしろかったのである。
……というよりもねー。
これはもうなんというか、ごく個人的な感想になってしまうが。この本にはたぶん、わたしの好きな話の要素が、見事にたくさん盛りこまれていた。かなりツボだったのだ。
なるほど、こういう話を書く作家だったのか。だからわたしはいままで野村美月を追いつづけたのかと、この本で気づいた。
久しぶりに、本気で次巻が楽しみなのだ。