2002.12.10 てらしま
日本推理作家協会賞受賞作、らしい。どこが推理小説やねん。いや、推理作家協会の人たちが選べばそれでいいのか。
『The Arabian Nightbreeds』という本があって(少なくともそういう設定になっていて)、これはその英訳版の邦訳である。だから本文中に、括弧書きで古川日出男による注釈が加えられていたりする。この大仕掛けがまず、一つのセールスポイント。
これを始まりとして、ご多聞に漏れず、多層的なメタフィクションを構成していく。本の中に本が登場し、という具合だ。
カイロに、ナポレオンの艦隊が迫っている。いまだに中世のさなかにあるイスラム社会にあって、ただ一人近代戦術の恐ろしさを知る主人公アイユーブは、敵を撃退すべく一つの策を実行に移す。それは、読むものを前後不覚にいたるまで没頭させ、その身を破滅に導くという『災厄の書』。そのフランス語訳版を作り、ナポレオンに献上するという計画だった。
……「殺人ジョーク」みたいなもんか?
読み始めてまず思ったのがこれだった、というのはいうまでもない。
無粋ながら説明すると、これは『空飛ぶモンティパイソン』に出てきたネタの一つ。それを聞いたとたんに笑いがとまらなくなり、そのまま笑い死んでしまうという、恐ろしくもおかしいジョークなのである。『モンティパイソン』の中でも、軍が兵器として用いていた。共通点が多いので、知っていればどうしたって思い浮かべてしまうのである。元ネタなんだ実はといわれたら納得する。
さて、本書。厚い本なのだが、中身は大部分が『災厄の書』の内容にさかれている。つまり「殺人ジョーク」そのものを書いているわけで、これはかなり挑戦的だ。
あとがきでさえ英訳版『The Arabian Nightbreeds』に触れ、それを「邦訳」した経緯を書いてしまう。この構成はむろんメタフィクションとしての演出に一役買っているんだが、それと同時に、作者の照れ隠しみたいなものを感じないでもない。
なにしろ、「読み始めたらとまらない、茫然自失になって没入してしまう」物語だもの。そんなものが本当に書けたら、作家としてはそりゃあ本望だろうし。
さすがに笑い死ぬとまではいかないが、『災厄の書』の中身というのは確かに、没頭して読まされてしまうだけのおもしろさがあった。初版から以後さまざまな人の手により改竄されてきた、という設定になっていたりして(それをいいわけに)、先の読めない、二転三転する展開をみせる。
アラビアの砂漠を舞台とした壮大なファンタジー、ということになるだろうか。途中から「ウィザードリィ小説?」と思うような展開があったり、意外にライトノベル風の世界である。
そういえば、近所の本屋ではこの本のとなりに『風よ、龍にとどいているか』(ベニー松山。ずっと絶版状態だったWIZ小説)が並んでいたなあ、なんてことを思い出した。もちろんこれは単純に、作家名のあいうえお順の問題なのではあるけど。
もっとも、ただのファンタジー小説だと思ってしまうと、世界観も定かでないところがあるし、話も一貫しないので、完成度に難があるということになってしまう。しかしそこはメタフィクションとして読ませることで、うまくごまかしてしまっている感じだ。その部分では、たんなる剣と魔法と冒険でもない。
でもだからってミステリーでもない。
私としては。内容はライトノベルなのにもかかわらず、ミステリーの棚に並んで、どこか高尚な雰囲気を出そうとしているのがちょっと気にかかる。「ミステリーにあらずば小説にあらず」ではないが、そういう風潮が日本のどこかにあるのは確かだ。そのために、この本もミステリーとして売り出されることになってしまった。
私はむしろ、「日本推理作家協会賞」なんて、この本の価値を低めこそすれ、高めることは全然ないと思うんだけど。
だから、これはミステリーじゃないです。ライトノベル。ファンタジー。剣と魔法の話。そういって人に勧めるつもりだ。それも、二段組600ページ超という厚さを感じさせない、次へ次へと読まされてしまう良書なのだ。