2002.9.23 てらしま
本文
2002.9.23
クロスファイア
宮部みゆき 光文社文庫
主人公がまるっきりスーパーヒーローなのである。そこにまず驚いた。
映画化までしたベストセラーが、そんなサブカルチャーの要素を持っていることに、驚いてしまったのである。子持ちの主婦が仮面ライダーに熱を上げるこのご時世、そんなこともあるということなのだろうか。そういわれてみれば、もうとっくにヒーローはサブカルチャーだけのものではなくなっていたような気もする。
強力なパイロキネシスを持った主人公は、生まれ持ったその力を、悪を罰するために使っているのである。世にはびこる悪党を捜してみつけ、パイロキネシスを使って焼き殺す。
そんなマンガそのもののキャラクターも、宮部みゆきの描くリアリティの中におかれてしまうと、立体感のある人間に見えてくる。そう決意するに至った過程にはそれなりの過去があるわけで、「大いなる力には大いなる責任がともなう」とばかり、彼女は次々と都会にはびこる悪を殺していくのである。
つまり動機はスパイダーマンと同じ。コンビニエンスストアで買えるベストセラーでこれを読んでしまうと、戸惑いというかためらいがある。普段から私は、どちらかといえばベストセラーよりもスーパーヒーローの世界になじんでしまっているワケで。
いったい自分が読んでいるこれは自分が思っているとおりの世界なのだろうか、自分はなにか大きな誤解をしているのではないだろうか、などと余計な心配をしながら読むことになってしまった。
けっきょく私の理解はさして間違っていた様子もないので安心したわけだけど。
だがさすがに、現実の世界にあってはスパイダーマンもあんなに脳天気ではいられない。この本の彼女の場合はもう少し、危険なパーソナリティを持つことになったようだ。力を使うことには快感がともなうらしいし。「あたしは装填された銃だ」とかいっちゃうし。
アメコミヒーローは結末を想定する必要がない。30年でも40年でも、ずっとシリーズを続けてしまえばいい。しかし一冊の(実は上下巻だが)小説ではそうはいかない。話は結末に向かって展開していくことになる。
宮部みゆきは真に実力を持ったエンターテイナーなのだと思う。一度でもこの人の小説を読んだ人はもうわかっているから、完全に「安心して」この本を読むだろう。信頼するに値する作家なのだということがわかってしまうのだ。
物語上こちらの予想を裏切ることはあっても、不快なことは起こるまい。大きく倫理から外れた結論にはなるまい。そして最後にはこちらを納得させてくれるだろう。つまりそういう信頼を持って本を読んでいる。これはいってみれば文章以外の部分からの情報を頭に入れて小説を読んでしまっているわけで、読者としてはフェアなやり方ではない気もするのだが、知ってしまっているものはしかたない。
そして、まあ、その信頼から逆算してしまうと先の展開が読めてしまうということもあるわけで、そのへんはちょっと楽しみが減ってしまったのかなと思わないでもない。でも充分おもしろかった。この登場人物たちと別れなければならないのかと思うと読み終えるのが惜しくなる、そのあたりはさすが宮部みゆきだ。
実は結末に少し納得がいかない部分もある。スーパーヒーローらしく「正義とはなにか」を問いながら物語は結末に向かっていくわけなのだが、その部分の展開に、少し矛盾を感じた。だがそこは読者自身が考えるべきところだろう。むしろ結末にたどりつく以前の、かなりビジュアルな、映画を見ているかのようなエンターテインメントを楽しんだからそれでいいかと思っている。