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タッチ、タッチ、ダウン
 読書

タッチ、タッチ、ダウン
山際淳司 角川文庫

2003.7.22 てらしま

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 山際淳司はいうまでもなくスポーツライターで、小説家じゃない。独特の、エピソードを積み上げてスポーツ選手の心情を切り出してみせる手法と感性豊かな視線は、小説を書いても活かされるかもしれないと、期待感のようなものを持ってはいたのだが、それなのにいままで『タッチ、タッチ、ダウン』を読まなかったのは、やはり「この人はスポーツライターだった」という腹が私にあったからだ。
 山際淳司が書いた小説を読んだことがないわけではない。短編小説集『ゴルファーは眠れない』は読んだ。そのときだって面白いと思った短編はいくつかあったのだが、どこか乗りきれなかった。あれを書いたのが小説家だったらもっと楽しめたかもしれない、などと理由もわからず思った。
 しかし、意識を自分で変えるなんてことができるほど私は強くもなく、この小説も、私は「スポーツライターが書いた小説」として読むしかない。
 勤めていた銀行を辞め、今はタクシー運転手をしながら、クラブチームでアメリカンフットボールをしている主人公。煮えきらない毎日を変えようと、「また本気で」アメフトをやろうと決意する。
 そんなストーリーにページをめくっていくうちに、「あれ?」と思った。小説としてではなく、スポーツノンフィクションを読んでいるのと同じ気持ちで、自然に入っていけたからだ。スポーツだけではなく、登場人物たちの日常の描かれ方がまるでいつものノンフィクションなのだ。普通のサラリーマンの生活でも、目が醒めるような切り口で描かれれば魅力的になる。そもそも、「普通のサラリーマン」なんてどこにもいないのだ、といつの間にか思わされている。
 偶然、逃走する掏摸の全力疾走を見ることになったことがきっかけで決意を固めた主人公は、『七人の侍』よろしくチームメイトを集め、今は米軍にいる往年の伝説的プレイヤーに対戦を申し込む。
 つまり、別に小説として目覚ましい物語があるわけではない。アメフトというマイナースポーツで、現役を退いたおじさんたちが試合をした。それだけの話だ。しかし、そのおじさんたちがアメフトを忘れられずに毎日サラリーマンをやっている、その様子がどうしようもなく面白い。
 登場人物の心情をストレートに書くことはせず、ただエピソードを重ねて外堀を固めるやり方は、ノンフィクションを書いているときとまったく同じだ。読んでいる方が自分を登場人物と重ねて考えてみなければならず、そのため、いつの間にか思い入れが強まっている。こういう小説はなかなかない。
 間違いなく、スポーツノンフィクションから飛び出てきた小説なのである。小説として希有なものでもある。まったく、この本が遺稿だというのだから残念なものだと、リアルタイムの読者ではなくても思う。


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