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マッチメイク
 読書

マッチメイク
不知火京介 講談社

2003.9.2 てらしま

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 プロレスのスター選手が試合中に死亡。強くなりたいと一心に願う新人レスラーが犯人を捜す話。
 もちろん私はミステリーよりはプロレスの方に興味があるわけで、プロレスの話を中心に据えてくれなければ納得しないところだ。探偵をプロレスラーに置き換えただけの小説なら、わざわざ江戸川乱歩賞を受賞し「格闘技ミステリー」などと銘打ってしまう必要はない。プロレスラーの肉体を持った役者がいないから火曜サスペンスでは無理だろうが、殺人事件があって謎がある、それだけの物語に魅力を感じることは、私にはできないのだ。
 さて『マッチメイク』はプロレス小説だった。けっこうおすすめなのである。
 なにしろ主人公は「ケーフェイ」という言葉の意味も知らない新人レスラー。プロレスへの幻想が頭を支配している。そんな主人公が、ミスター高橋が暴いたようなプロレスの真の姿を知らされていく。その中で、最強を目指すプロレスラーとしてどんな人生を選んでいくのかというのが本筋である。
 ミステリーとしての謎解きの部分は拍子抜けするほどどうってことない。これでよく謎になったなというくらいのものだが、犯人の動機やそれと関わる主人公の心象は納得のいくもので、おもしろかった。
 まあ、今どきプレスラーを目指す人間がプロレスのファンタジーを信じていたというあたりはちょっとどうかと思ったが、それをいうとこの話が成立しない。2,30年前の物語なのだと考えて納得しようと思っても、携帯電話が平気で出てきたりするし。プロレスはショーだと始めから知っている、私のような年代の読者が読むべきではなかったかもしれない。江戸川乱歩賞を読む人たちの年代が何歳くらいなのかは知らないけど、選考委員の年代は知れてくるような。
 主人公の周囲にはいろいろな人間が登場する。ちょっと多すぎるくらいの登場人物がいるのだが、誰が誰だかわからなくなるようなことはなく、それぞれに魅力がある。その彼らが、一つ一つ主人公のプロレス人生に影響を与えていく。この過程にも無理がないし、魅力がある。
 ただこの部分は、ミステリーとしては微妙だ。謎解きに関係ない人間関係が多く、世界が開いているのだ。謎を解いた、殺人事件を解決したカタルシスはまったく希薄で、焦点は主人公の成長のほうに向けられている。
 中盤、プロレスのケーフェイの世界を知らされた主人公は「門番」の道を選び、トレーニングを始める。燃える展開である。この展開がすべてといっていい。
 例えばトレーニングや試合の描写でいえば、先人の格闘技小説たちに遠く及ばない。しかし、プロレスの世界の酸いも甘いもこれほど正面から受けとめた姿勢は独特のものだ。ノンフィクションではこういう感覚のものを読んだこともあるが、やはり小説で改めてやられると気分がいいのである。バイオレンス小説の一派ではなく、推理小説として書かれたことがよかったのだろう。
 小説として完成度の低い部分を指摘すればあるだろう。しかし主人公の一人称で語られるプロレスの世界はあくまで個人の思いに収束し、そのためにかえってプロレスに対する客観的な、だが愛情のこもった視線を崩さず、ノンフィクションに近い立場を獲得している。「最強とはなにか?」などの禅問答をはじめたりもしない。なかなかにさわやかなのである。


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