遊星ゲームズ
FrontPage | RSS


マリオネット プロサッカー・アウトロー物語
 読書

マリオネット プロサッカー・アウトロー物語
山岡淳一郎 文藝春秋

2002.3.20 てらしま

amazon
「いいかい、サッカーは、世界を舞台にくり広げられる命がけのマリオネットなのだ」
 すべてが、この言葉の中に集約される。
 主人公佐藤は、外国のサッカー雑誌を取り寄せて読みふけった少年時代から大学を経て、読売クラブに就職した。語学が堪能だった佐藤はチームの外国人選手や監督の通訳をしながら、強化スタッフのような仕事もするようになっていく。
 草創期の、まだJリーグもできていない頃から話が始まるのである。松木安太郎やジョージ与那城が現役だったというのだから、少し目が眩みそうになる。
 佐藤はそれから、チームの重要なスタッフとなって様々な人間と出会い、日本サッカーのプロ化を目の当たりにし、読売ヴェルディの発足と黄金時代を間近で体験していく。
 冒頭に挙げたのは、プロ化前夜に読売クラブのコーチとして選手たちを指導していた、元ブラジル代表ジノ・サニの言葉。「神様」ペレがさらに神様と崇めるこの人の言葉は、四半世紀にわたる佐藤の物語に、ひとつの大きな山場となる瞬間に登場する。
 サッカーを動かしているのは、スタッフと、GMやマネージャーだ。そう考えようとする誇りがある。そしてその向こうにあるもの……彼らでさえ、さらに巨大な操り糸に動かされているかもしれないという事実……までも、この「神様の神様」は示唆していたように思える。
 そうやって、日本のサッカーは様々な人間の意志をわずかずつ反映しながら膨れあがっていったという、これはそういう話なのだろう。
 行動主義というか、事実のみを淡々と語る語り口ながら、ノンフィクションであるにもかかわらず、あまりに面白い。「よくできている」などと、的外れな感想をも抱いてしまう。取材対象の人生が面白いのか、エピソードを語る順番と分量を調整する構成の妙なのか。おそらくはその両方だろう。
 運命の糸という言葉を使いたくなる、出会いと別れが繰り返される。チームディレクターとして必死に奔走するが、うまくいくときもあればそうでないときもある。サッカーに翻弄される佐藤たちの人生そのものが、複雑で巨大なマリオネットの一部だ。
「跳ぼう」
 そう決意して、佐藤は読売ヴェルディを退団し、当時低迷を極めていた浦和レッズに新天地を求める。その胸には、ジノ・サニに贈られた言葉がある。
 レッズで最下位からの飛躍に尽力した後、一度はヴェルディに戻るが、ラモスらが活躍していた黄金期の面影はもう残っていなかった。
 読者としては、私はヴェルディの黄金期を知るほど昔から、サッカーが好きだったわけではない。私が知っているヴェルディというのは、過去の栄光とノスタルジーに浸りながら、チーム力そのものの強化という基本を忘れた名門、という現在だけ。この姿を見れば、佐藤でなくとも失望するだろう。
 しかしこのチームには私の知らない黄金時代があって、そのころの遺産が現在の日本サッカーに礎となっていったのもまた確かなことなのだ。走り続けた後、一線を退いた形となった佐藤は果たして、過去への郷愁に思いを馳せるだろうか。そのあたりのことは、本書ではあまりはっきりと語られない。
 佐藤たちが奮闘した時代の上に、現在がある。ただでさえ人間の動きが激しいスポーツの世界にあって、彼らが生きたのはさらに激動の時代だった。
 そうした時代のあらゆるものをからめとって、今年、日本にワールドカップがやってくる。それが終わったとき、この物語にはもう一つくらい、語られるべきエピソードが追加されるのではないかと思う。


.コメント

マリオネット プロサッカー・アウトロー物語を