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ムジカ・マキーナ
 読書

ムジカ・マキーナ
高野史緒 ハヤカワ文庫JA

2002.9.6 てらしま

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 主な舞台は19世紀のウィーンとロンドン。ヨハン・シュトラウスなどが活躍していた時代らしいが、正直私は歴史に明るくないので、すぐにピンとはこない。まあそういうものなのかと読み進めるしかないわけだが、そんなところに、私にも明らかにウソとわかるものが現れる。作中では「プレジャードーム」と呼ばれているが、現代に生きる読者にはわかる。要するにディスコだ。
 そこにはどうやら、音楽を録音して再生、リミックスする装置が働いていたりもして、このあたりは物語にも深く関わってくる。こんなふうに現代の用語を歴史上の舞台に外挿して見せるのが、この後も続く高野史緒の特徴である。
 主人公である若き指揮者フランツ(フランツ・ウェルザー・メストという人がモデルらしい)は、人間同士の力関係やらなにやらに邪魔されて自分の求める音楽を実現できないことに絶望していた。そこに現れた「プレジャードーム」。ミキサーにスピーカーにアンプに、そういった我々には馴染みの機械群は、彼にとっては魔法の道具だ。イギリスからきた怪しげな人物に連れられ、ロンドンに渡った主人公は「DJ」として一躍「クラブシーン」に注目される存在となっていく。
 熱に浮かされたような文章にストーリー。処女作らしい作品だった。
 なにかにとりつかれていて、その電波にしたがって筆を進めていく。そんな執筆風景が想像されてしまう。ときにはそうすることに抵抗があるのか、あえて物語を崩すかのように唐突な展開を見せたりもする。
 そうして電波とのせめぎ合いを繰り返した結果、熱に浮かされたように物語は終わってしまう。結局この人は憑き物にうち勝てたのかどうか。いやたぶんまだ、悪霊と一緒に暮らしているんだろうな。
 そういう印象を持ってしまうような小説だ。完成度という点では低いといわざるをえないが、だからといって無視してしまうというのも気が引けるような。
 おそらく、この電波に共鳴できる人にとってはもっと傑作に見えるのではないか。だがそのためには、少なくともこの時代の歴史に興味があり、あまりに説明不足な部分の説明が不要といえるほど、作者に近い感性と知識を持っていなければならない。
 私の場合はそういうわけにいかなかった。消化不良、というより納得いかないという感覚ばかりが残ってしまった。そもそも私の胃が、消化すべき対象と判断してくれない。
 後の作品ではだいぶ改善されており、『ヴァスラフ』などはかなり好きな作品だ。最近は世界観の描写にもう少し行数を使って、私のような読者にも入っていけるようになっている。
 だから、そうしてみたときの快感を憶えているだけに、『ムジカ・マキーナ』には欠点があると切り棄ててしまえないのかもしれない。
 作者と一部の人たちにとり憑いた熱に、こちらも浮かされてみたい。物語中に登場する、音楽の快感を増強する麻薬『魔笛』というのが、たぶんそれだ。なんか気持ちよさそうだなー、と指をくわえているうちにいつのまにか終わってしまった、そういう作品だった。


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