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上弦の月を喰べる獅子
 読書

上弦の月を喰べる獅子
夢枕獏 ハヤカワ文庫JA

2001.5.29 てらしま

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「野に咲く花は幸福せであろうか?」
 なんとも気が重くなる問いかけである。これは、人生の意味を真正面から考えて、夢枕獏なりの答えを示してみせた物語なのである。
 あらすじを紹介した方がいいのだろうけど、どうにも、なんというか、あまりわかりやすいあらすじにならない気がする。
 それでもあえてがんばるなら、「世の中のあらゆるところに偏在している螺旋を捜し、収集することを生きがいとしている「螺旋蒐集家」と、岩手の詩人の魂が融合して一つの存在となり、果てしなく高い山を登っていく」という話だ。やはりこれでは、この物語の意味をほんのわずかしか表していないように思う。もちろん小賢しい解釈を試みることは可能だが、この小説にそれをすることは無粋だろうし、それで私の意見が、これから読む人の先入観となってしまってはいけない。
 幻想的で、シンボリックな要素が、全編あらゆるところに渡って配置されている。そしてそれらの一つ一つが、作者の世界観、人生観をみしりと内包していて、一語たりと読み飛ばすことができない。
 それでなんなのかといえば、これは、夢枕貘のたぶん最高傑作なのであるし、一人の人間が一生に一度しか完成させることのできない、自分についての物語であり、自分がこれまでに到達した人生観のすべてを描ききろうとした挑戦なのである。
 要するに私は、「読むべきだ」とひとこと言いたいのだ。
 ここに描かれているのは、一人の人間が(それも恐ろしく多作のエンタテインメント作家だ)到達した一つの境地である。その宇宙には存在感があり、読者の世界観を強烈に揺さぶる力を持っている。
 ただ一つ、夢枕獏といえば『餓狼伝』を筆頭とした格闘小説だ、と思っている私としては、この作品が格闘小説として書かれていないという点だけが気になった。この作家はやはり、格闘シーンを描いているときが一番活き活きとしているし、面白い。
 その点には、本人も気づいていたのかもしれない。この作品には夢枕獏自身によるセルフパロディがあるのである。
『上段の突きを喰らう猪獅子』というのがそのタイトル。『上弦』を読み、夢枕格闘ワールドの一端に触れたことのある人にならば、この作品にも一見以上の価値がある。


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