2003.7.5 てらしま
実は死んでいなかった力道山。冷凍冬眠から平成元年に蘇り、前田日明と対決する!
というのが謳い文句だが、それはウソ。真の見所は、前座で戦うアントニオ猪木とジャイアント馬場。
『グラップラー刃牙』の外伝で、一巻をかけて(それでも全然足りないが)アントニオ猪木vsジャイアント馬場をやっていたが、あれの元ネタはここにあったんだなあというのがわかった。というかたぶん、夢枕獏のファンであり友人でもあるらしい板垣恵介は、影響から逃れられなかったんだろう。なんかそういうところのある漫画家だと思う。
私はそれほどプロレスファンというわけではないのだが、いろいろな創作物やノンフィクションを読んでいれば、その影響力の強さはうかがい知れる。双方のキャラクターもある程度イメージできるし、二人が新日と全日という二つの団体を率いてプロレス界を強力に牽引していたという歴史も知っている。つまり私のようにファンでない人間でさえそれだけのことを知っているわけで、二人のカリスマの存在の大きさというのは相当のモノだということがわかる。
で、力道山だ。なにしろこの人は二人の先生なわけで、猪木と馬場以上のカリスマであるといっても過言ではない。そのはずなのだが、どうもどういう奴なのか、特徴が見えてこない。猪木と馬場というキャラクターが力道山を超えてしまったということなのか、それとも時代が古すぎて、思い出が色あせてしまったためなのか。
平成元年から、リアルタイムで連載されていた小説である。驚いたことにこのころ、猪木も馬場も現役なのだ。現実の人物名を使って、現実の事件をも盛りこんで書かれた小説である。だから、現役選手の方がキャラクターが強くなってしまったのは仕方ないのかもしれない。
ところでこの本、本文中に平気で作者が顔を出す。結末に迷っているだの、現実のプロレス界に起きた事件に衝撃を受けただのと、作者の連載エッセイみたいな部分もあり、しかもそれでこの小説自身について言及するものだから、作者がどんな考えでこの展開に決めたのかが手にとるようにわかるのだ。自分でいっているように「悪ノリ」である。この人、自分で書いたものを平気で誉める。普通はそれをやられると「痛い」ものだし、読者は引いてしまうと思うのに、まあそうでもないところがすごいような気もする。
そう考えてみると夢枕獏というのは、漫画家でいえば島本和彦に近いか。そうだったのか。二人を比べるのはいろいろと無理もあるが、そのへんは私の引き出しの少なさです。
もっとすごいと思うのは、ここに書かれている作者の思考過程が本物だとして、こんな書き方でしっかりとまとまった小説になってしまっているところだ。途中で何度も方針転換しているようなのだが、そのくせ、最後にはまるで始めからそう決まっていたかのようにきれいなフィニッシュを迎える(前座の試合の方が面白くなってしまったのはご愛敬だが)。
本物のベストセラー作家というのはやっぱりすごい。というより、夢枕獏のプロレスへの愛がそうさせているのかもしれないが、それはそれで、この愛情の深さがすごい。ただ前田日明への愛情は、他の「プロレスの神話や伝説の中に入っておられる方がた」に比べるとあまり感じられなかったかな。相手が神さまじゃね。