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Jの神話
乾くるみ 講談社ノベルス

2002.8.13 てらしま

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 面白かった。
 が、あまり声高に他人に勧めるのもどうかなあという迷いもまたあってですね、少し困っている。
 全寮制の女子高校である純和福音女学院。そこで起こった不可解な生徒の死。依頼を受け、調査を始める女探偵『黒猫』。
 こう書いてしまうとなんともふつーのミステリー小説だ。だがこの作者、乾くるみの小説をあらすじだけから判断してはいけない。
 乾くるみの面白さはいつも物語後半、もしくは終盤にある。斬新な、あまりに斬新なために読者が「さすがにそれは」と思い、無意識のうちに予想から外していた部分に物語が突進し始め、それまでのスローテンポが嘘のように加速していく、そこが面白いのである。
「さすがにそれは」に続くのは「ありえない」より「どうかと思う」なんだが。
 ネタばれにならない当たり障りのないところからいって、キャラクターの造形やシーンの展開など、基本的な部分がよくできている。だからこそ、後半になって繰り返されるどんでん返し(?)の連続に魅力があるのだし、先が気になるより心配で仕方がないので一気に読んでしまう。
 登場人物に魅力があるから、彼女らのことが心配になるのだ。非道な作者が、いったい彼女たちにどんな恐ろしい仕打ちをしかけることか。
 そしてまあ、そんな読者の期待?を裏切らない、非人道的というか、こういってよければ「センス・オブ・ワンダー」のある展開をきっちりと見せてくれる。
 本作は乾くるみの処女作だ。したがって、以後の作品に比べると幾分、細部に欠陥が見えてしまう部分もないではない。どこまでも計算高い(たぶん)物語展開に、若干の無駄が感じられてしまうことがある。
 しかしそれを補ってあまりある、……これはセンス・オブ・ワンダー……なのか?
 ネタ、世界設定や導入に見所のあるハリウッド映画型の作品ではないから、ネタばれを避けようとするとこんな、歯切れの悪い紹介になってしまう。この作者の小説はいつもそう。
 だが実のところ、私にとってはかなりのお気に入りなのだ。これは信じてもらうしかない。
 センス・オブ・ワンダー、もしくはSFの基本は俯瞰すること。この世界全体や人類を内側からではなく、外側から見ようとすることである。乾くるみはSF作家ではないが、これほど「俯瞰すること」を貫ける作家はいないと思う。代償として多作になれないのが残念だが、一つ一つの作品には間違いなく、他にはない面白さがある。
 ミステリーなのにネタに見所があるわけではないから(清涼院流水などとは正反対)、紹介しづらい。読後感も快いとは言い難く、むしろ不快なことが多いので、いわゆる「売れっ子」には決してならないだろう。そういう意味で、作家としては不遇かもしれない。
 しかし私は乾くるみのファンだ。
 乾くるみは面白い。ほんとだぞ。だが誰に勧めればいいんだろうと考えると、いつも悩んでしまう。処女作からすでに、そんな困った作家だったようだ。


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