遊星ゲームズ
FrontPage | RSS


Ⅸノウェム
 読書

Ⅸノウェム
古橋秀之 電撃文庫

2003.2.11 てらしま

amazon
 内容がさっぱりわからない、というより誤解してしまうタイトルと表紙絵はこの本の最大の問題点だと思うので、まずあとがきを読んだ方がいい。
 これは武侠小説なのである。
 中国風の世界観と固有名詞で、CGばりばりの(まあ映画の場合)剣術アクションをやる、アレだ。しかも書いているのは古橋秀之。これはもうほとんどアクションだけの、楽しい話になっている。
 アクションだけと書いたが、それ以外の部分でもこの人はうまい。戦っていない場面というのは要するに戦っている場面を盛り上げるために存在するワケで、そこでごちゃごちゃと余計なことをしても仕方ないのだ。多少のロマンスでもあればそれで充分。
 これが武侠小説の思想といったらファンに怒られるかもしれないが、少なくとも読んでいて疲れないし、エンターテイメントとしてよくできているとはそういうことだと思う。
 あとがきにも紹介されている金庸は読んでいないのだが、最近の流行のおかげで、それ系の映画はいくつか見た。そういうものと比べてみると、この小説が実に素直に武侠小説・映画の世界をまねてしまっていることがわかる。
 登場人物が全員戦えるというところはその一つ。そこらの英雄物語ならば「囚われの姫君」役の少女でも、「常人でこの娘を負かせる者は、そうはいないだろう」という使い手なのである。
 まあ、序盤に登場人物を順番に紹介して、その間はストーリーに進展がなく少し退屈、というあたりも、私が見た武侠映画に共通する特徴で、本書ではそんなところまでも倣っている。
 古橋秀之っぽい部分というのは、エンターテイメントに徹しているところだ。定型的なストーリー展開をソツなく描き、素直に「うまい」と思わせる。
 ボーイミーツガール。「パインサラダの話をしたら戦死する」みたいな法則にのっとった展開。そして、強い力の源となるのは愛、という考え方。
 あとは近ごろ流行の「家族愛」があれば完璧というところだが、まだ第一巻の本書では、それは出てこない。もっとも、主人公の行方不明の母親の存在はほのめかされているし、次巻以降ではそんな話になるのだろうと私は踏んでいる。ルーク・スカイウォーカーの父親だって、第2部で判明したのだ。
 前作『サムライ・レンズマン』と似たようなもの? そうかもしれないが、いいじゃん。あれも面白かったし。
 そういう展開のうまさに加え、キャラクターもいい。こちらも素直で、やはりソツがない。
 たぶんこの人は、エンターテイメントを記述する方程式を持っているのだと思う。なにもかも自然で、苦労のあとが感じられないのがその根拠。
 もちろん背後ではいろいろと考えているのかもしれないし、それを隠すのも娯楽作家の腕かも。だけど古橋秀之に関しては、今のところ、それを判断できるだけの資料がない。
 もしもこのまま「作家の影」を小説中から隠し続けられるなら、それが娯楽作家にとっては一番だろうと思う。
 この巻ではまだ判明していない謎ばかりだし、続刊に期待だ。


.コメント

Ⅸノウェムを