遊星ゲームズ
FrontPage | RSS


天使のベースボール
 読書

天使のベースボール
野村美月 ファミ通文庫

2002.4.15 てらしま

amazon
 箱入り娘だった主人公は、父親の会社のための政略結婚になんの疑問も持っていなかった。だがその見合いの席で、相手の男に「自主性のない女性はオレの好みではない」と断られてしまう。そしてその男は、地位を捨ててプロ野球選手になってしまった。
 父親がリストラされてしまった主人公は男子校の教師になってしまい、そこで野球部の顧問にさせられてしまう。
 ここまで紹介してやっと、本筋、野球の話になるわけである。とはいっても展開は速く小気味よく進むので、飽きてしまったりはしない。
 高校の野球部だから、これは高校野球の話なのである。しかし……。
 作中にひとつ、試合の場面がある。だがそれは別に甲子園の決勝でもないし、なにしろ主人公は顧問なのだから、青春がどうとかいう話にもならないのである。
 そこが、いいのだ。
「高校野球」なんて言葉では、誤解がある。むしろこれは、「草野球小説」といった方が近い。
 だが考えてみれば、スポーツはティーンエイジャーだけのものではないのだし、日本一を賭けたビッグゲームにしか価値がないということでもない。
 ともすれば私たちは、常にトップクラスの部分を中心にものごとを考えてしまう。サッカーでは日本代表、野球ならプロ野球の両リーグと、甲子園。これを書いている今だって、私はファミレスにいて、放映されている衛星放送でメジャーリーグの野茂をみている。
 しかしそれだけがスポーツの価値だとしたら、あまりに悲しい。
 そんなことを、この作品では草野球を描くことで思い返させてくれるのである。
 なにしろ主人公は運動などしたこともなくて、フライも捕れないお嬢様。野球部には部員が8人しかおらず、今度の試合は初めての試合だ。
 いまファミレスの大型モニターに展開されているダイナミックでシステマティックなベースボールに比べてしまうと、これはいったいなんという世界だろう。草野球といわずしてなんというのか。
 だが、草野球だって楽しいではないか。
 こんな試合にも緊迫感を演出し、楽しさを描くことができてしまうところは、まちがいなくこの作家、野村美月の力量である。
 甲子園やプロ野球と比べれば、レベルは低い。だがそんな野球にだって、スポーツの喜びはある。そういいきってみせることは、実はそれほど簡単ではないという気がするのだ。ひとつの才能、あるいは努力の成果が、この中にはあるはずだ。
 考えるほどにこの人、いま、私の注目の作家になりつつある。
 新人ではあるが、始めの数ページを読んだだけでぐぐっと惹きつけられてしまう文章は、本当に稀有なものだ。いってみればスケールの小さな話の中に、物語の楽しみを組み入れてしまうことができるセンスというのも、貴重ではないか。
 ただ少し、一冊全体の完成度という面では難点がある。前作『フォーマイダーリン!』は短編集のような形式だったのだが、あれのまとまりをみると、この人はきっと、得意な尺がまだ短いのだろう。
 しかしいずれ、長編の長さに馴れてきたら、きっとすごいものを書くに違いない。そんな気がするのだ。


.コメント

天使のベースボールを