遊星ゲームズ
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重要タイトルで振り返る捏造ドイツボードゲーム15年史 2
 ゲーム・論考

 前回のつづき。1回で飽きたかと思いきや書いてた。
 たぶん全部やるまでに半年くらいかかるなあ。

.エルグランデ

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 いわゆる「エリアマジョリティ」の大傑作だ。これも比較的長時間かかる。ドイツ的にはカタンの流れをくむ重さということになるのだろうか?
 あふれんばかりのアイデアを持つゲームデザイナーたちは、重いゲーム作っていいんなら作るんだと思う。カタンを見て「あ、これアリなんだ」みたいな。あくまでわたしの想像だけど、そんな空気が当時あったんじゃないかと思っている。
 この後の歴史でも、何度かそういう時期があった。プエルトリコの後とか、ケイラスの後とか。そりゃあ、プレイ時間が長く要素も多いほうが、表現としてはいろいろできる。やりすぎて失敗した例も多くあるわけだけど。

 このエルグランデは、カタンが示した濃密さをさらに発展させて、これはたしかにこのプレイ時間が妥当だと思えるサイズになっている。それなりのシンプルさを土台にしながら、それなりにルールが多い。
 いわゆるウォーゲームではない。たしかに戦争っぽいことをするのだが、直接殴り合うのとは少し違う。
 ボード上のエリアに、自分の色の駒を置く。決算時、そのエリアにもっとも多く駒を置いているプレイヤーと2位のプレイヤーに得点が入る。そういっていいなら、とてもドイツボードゲームらしいインタラクションが実現できる、非常にすぐれたシステムだ。
 エルグランデがエリアマジョリティの元祖なのかというとそんな気はあんまりしない。まあたぶん似たようなのはあったんだろう。そうでないと、生物学的なミッシングリンクができてしまう。エリアマジョリティというのは別にマップがなくても同等のことが実現できるゲームシステムなので、例えばカードゲームとかで似たようなシステムはあったはずだろうと思っている。けどわたしは知らない……。
 いずれにしろ商業的にも成功し、後のゲームに大きな影響を与えたという意味でも重要ということになる。
 またそれ以上に、このゲームは間違いなくドイツ製であったという感じがある。カタンは時代の必然として文明の衝突の結果生まれた、いわば混血児だ。しかしエルグランデは、このようなシステムを生み出しえたのはドイツでしかありえない。ドイツのストラテジーゲームだ。
 これ以後、エリアマジョリティはもう飽きるほど登場し、ドイツゲームの代名詞のひとつとなった。そしてじっさい、現代ではすでに飽きられている。

.原始スープ


 そんな重要なゲームなのかっつーと怪しいけど。

 ここでまた世界に目を向けると、アナログゲームの世界には巨大な怪物が生まれていた。マジック:ザ・ギャザリングである。
 というか、マジックの誕生はカタンより古く1993年だったりする。
 カタンの紹介の中で、わたしはひとつのキーワードとして「アメリカ」を挙げた。それと同等かそれ以上に重要なキーワードが、この「マジック」である。
 マジックの特徴は、カード効果の強さだ。なにしろルールブックに、基本ルールとカードの記述が矛盾した場合はカードを優先すると書かれている。
 基本ルールを上書くカード効果。マジックには多数のカードが登場し、それが組み合わさってとんでもない状況を生み出す。
 カードの使い方も自由だ。しっかりデザインされたゲームなら、自分のターンのここで使えとか、指示があるはずだろう。しかし、マジックにはそれがない。タイミングのルールはあるのだけど、けっこうてきとうだ。相手のターンに使えたり、相手の効果に「レスポンス」して効果を割り込ませたりと、やりたい放題のことができる。
 そのあたりはどちらかというと、洗練されていなかったがための自由さかもしれない。マジックのカードプレイのタイミングルールは、現在に至るまで何度となく変更をくりかえしている。じつは厳密なルールはすべてがあとづけだ。
 マジックは世界初のトレーディングカードゲームということになっている(議論がありそうだと思う)。じっさいのところ、その後に登場した無数のTCGはたいていが、マジックよりも厳密で不自由だったりする。
 そんなマジックの影響を、ドイツのゲームも否応なく受けていく。

 そんなマジック的なるものが、ドイツゲームにもとうとう大手をふって入ってきた。そう感じさせるゲームが、この『原始スープ』だった。
 プレイヤーは、原始の海に棲むアメーバ。そのアメーバたちが突然変異をくりかえし、さまざまな遺伝形質を獲得し進化していく。そんなテーマは、まさにいろんなカードの特殊効果を活かすためのものだ。
 いまでこそあたりまえだが、当時は……まあわたしの目に映ったかぎりにおいては、新鮮だった。なんとなく、ドイツのボードゲームはそういうことしないのかと思っていたのだ。
 そして、マジック:ザ・ギャザリング的だった。
 この流れはのちの『プエルトリコ』などに続いていくことになる。
「マジック:ザ・ギャザリング的なるもの」というのは、このシリーズのテーマになるだろう。基本ルールより強いカード効果。それはつまり、ゲームシステムよりもカード効果に駆動されるゲームということだ。そういうデザインに、ボードゲームはこのあとも影響を受け続けていくことになるんである。
 これがなぜ重要かというと、ドイツ的でないからだ。むしろドイツ的な厳格なスタイルとは矛盾する概念だ。そんな相反する2者の衝突があったからこそ、新しいものが生まれる原動力となっていた。と思う。
 というかそういう、もしかしたら時代が生んだ奇形かもしれないゲーム群を、わたしが好きという話になるかもしれないのだけど。



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